偽善エコロジー
「偽善エコロジー」(武田邦彦、ISBN:9784344980808)を読む。目次を眺めたら、LCAの題材探しに使えるかもと思ったので。
が、買うべきではなかったかも。内容があまりにもダメすぎる。
脳内データ
まず、データに信憑性がない。重要そうなデータは、「私の調査では」とか、「私の計算では」とかで、データの検証が全くできません。もちろん武田氏があとがきで述べているように、独自にデータを調べることは非常に重要です。しかし、それはデータの調査方法や定義などを明らかにして、第三者が検証できることが大前提です。いきなり「私の調査」とか言われても、脳内データとしか思えないんですよね。武田氏の別の著書ではデータ引用元から捏造とまで言われているようです*1。
安井至氏はこの問題に対して、
武田氏がまずやるべきことは、多少とでも科学者としての心があるのなら、中立の専門家に頼んで、自らのデータの妥当性を証明すべきことなのです。
と述べていますが*2、データの妥当性を証明するなんてことは無理です。査読付き論文に出せば十分です。査読付き論文に出しても、査読者がデータの検証をしてくれるわけではないので、妥当性は証明できません。ですが、データをどうやって調べたのか、計算したのか、などの手続きはチェックしてくれるので、そのレベルで十分だと思います。
自己矛盾
武田氏が個々の環境問題についてどう考えているのかについては、特に批評しません。個人の価値観に負うところが大きいと思いますので。ただ、価値判断の基準が曖昧なのか、自己矛盾しているところが見受けられます。
例1:エコバッグを批判するときに、「全体のエネルギー量からすると、わずか0.023%の削減にしかなりません。
(P21)」と述べて、まず全体を見ることが重要だと考えています*3。一方、飲料水についての章では全体を見る視点がなくなっています。飲料水は風呂などの雑用水に比べて消費量が少ないので、上水の高度処理するのはやめて、飲料用途にはペットボトルの水でもいいのでは、と提案しています。では上水処理で排出されるCO2はどれくらいなのでしょうか。
上水CO2原単位 | 0.187 | kg-CO2/m3 | http://www.yasuienv.net/CREST/lca-thinking/useful/gentanni_co2_facil.htm |
消費量 | 300 | L/日/人 | P37 |
人口 | 1億3千万 | 人 |
と想定すれば、上水道を使うことによるCO2排出量は、3Mt/年となります*4。
一方、日本のCO2総排出量は1340Mt/年です*5。
割合で言うと0.2%です。上水処理を全くしなくても、0.2%しか削減できないようですね。まぁ、0.023%よりは多いですが。
例2:割箸利用の章では、海外産の割箸を使うようになったのでロシアや中国の森林を傷めていると述べています。一方、古紙リサイクルの章では、森林保護はしっかりと進められていると述べられています。どっちが本当なのでしょうか。割箸業界と製紙業界の違いとでも言うのでしょうか。
行き当たりばったりの批判はやめてほしいです。
算数
ペットボトル分別の章に次のような表があります(P159)。
一般廃棄物の種類 都市ゴミの割合(%) 発熱量(kcal/kg) 徹底リサイクルした場合の発熱量(kcal/kg) すべて廃棄した場合の発熱量(kcal/kg) 紙 37 3160 1169 1169 厨芥(生ゴミ) 27 930 251 251 繊維など 4 3900 0 156 草木 5 1570 79 79 プラスチック 12 7260 0 871 不燃物 15 0 0 0 合計発熱量 - - 1499 2526
「すべて廃棄した場合の発熱量」はいいのですが、「徹底リサイクルした場合の発熱量」は間違っています。正しくは次のとおり。
一般廃棄物の種類 | 都市ゴミの割合(%) | 発熱量(kcal/kg) | 徹底リサイクルした場合のゴミの割合(%) | 徹底リサイクルした場合の発熱量(kcal/kg) |
紙 | 37 | 3160 | 44 | 1392 |
厨芥(生ゴミ) | 27 | 930 | 32 | 299 |
繊維など | 4 | 3900 | 0 | 0 |
草木 | 5 | 1570 | 6 | 93 |
プラスチック | 12 | 7260 | 0 | 0 |
不燃物 | 15 | 0 | 18 | 0 |
合計発熱量 | - | - | - | 1784 |
元の議論では、生ゴミを燃やすには1800kcal/kg必要なので1499kcal/kgでは足りないとの論理ですが、正しく計算すると1784kcal/kgになるので、ぎりぎり行けそうな気もします。こんな計算くらいちゃんとやりましょう。
終わりに
武田氏の考え方には賛同できる点もあります。全体を見ることが重要という視点や、物質的な充足ではなく、精神的な充足の方向に行かなければならないという考え方です。ただ、結論を導出するためのプロセスがダメすぎます。重要なのは結論じゃなくて、その導き方ですよね?
本のレビューをブラブラと見漁ってみましたが、おおむね批判的な感想が多くてよかったと思います。レビューページもいくつかどうぞ。
http://www.yasuienv.net/EnvHypocrisy.htm
http://www.yasuienv.net/EnvHypocrisy2.htm
http://eepd.seesaa.net/category/5524273-1.html